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Monday, July 10, 2006

夏の甲子園・・・・

アマチュアスポーツといえば・・・・・・

高校野球でしょ!!!!

大分県も雨の中、今日は3日目・・・

わが町の臼杵高校は延長の末、1回戦突破!

おめでとう (^ ^)/

臼杵が延長戦を制す

 第88回全国高校野球選手権大分大会第3日は10日、新大分球場で1回戦があった。雨も心配されたが、第1試合は予定通りプレーボール。まず臼杵、羽室台の両校が激突した。
 第1試合は、先手を奪った羽室台が優位に試合を進めた。だが臼杵も負けず、八回に同点に追いつき、延長十回、木津の三塁打で勝ち越しに成功し、接戦を制した。

大分合同新聞 2006年7月10日

そしてまた・・・・・

大分県では障がいに負けずに、甲子園を目指している高校球児がおります・・

わが町出身の広田一弥選手です!

「1球で終わっても、1イニングを抑えることができても、1球に込める思いは変わらない」

彼の言葉ですが、一球入魂!!!

熱いエールを送らさせて頂きます (^ ^)/


左半身不自由の投手が1回きりの先発登板

 脳こうそくで倒れ、左半身の自由を失った大分県豊後大野市の県立三重高3年、広田一弥投手(18)=同県臼杵市=が、夏の高校野球大分大会で「最初で最後の」先発登板する。倒れた後も野球への熱い思いを抱きながらリハビリを重ねてつかんだ晴れ舞台。背番号1のエースは「初戦の一イニングだけ。ランナーが出たら交代」の条件で、夢のマウンドに立つ。

 広田選手は右投げ左打ち。野津中3年の夏、学校で倒れ左半身不随になった。半年間入院し、リハビリとトレーニングに耐えた。130キロの速球は取り戻したが、グラブを使って左手での捕球ができないため、打球をうまくさばくことはできない。

 広田選手は小学校低学年から野球を始め、早くから才能を開花させた。中3の6月には地区の軟式野球大会にエースで出場し、約130キロの速球を武器にチームを優勝に導いた。近隣や大分市内の強豪高から注目されたのもつかの間、大会3日後に倒れた。失意の広田選手を三重高野球部の上尾隆一監督(44)が花束と硬式ボールを持って見舞った。地区大会の投球を見て「すごい」と感じた監督から「野球を続けよう」と励まされ、望みをつないで推薦で入学した。

 1年時は週に1度の病院通い。ランニングもままならず、歩いて他の部員に続いた。2年になって左半身が少しずつ動くようになったが「うまくなるのか、試合に出られるのか」と不安にかられた。

 新チーム結成後の昨年秋、部員全員が話し合った。「広田のやる気を引き出したい。夏の初戦を投げさせよう」と決め、背番号1を託した。「障害を克服して3年間夢を追い続ける姿に励まされた。広田の登板に不安はない」と安藤直樹主将(3年)。バッテリーを組む予定の広瀬孔亮捕手(2年)は「広田先輩のボールは重く、力強い。しっかり受け止める」と胸を張った。

 登板は13日、新大分球場である第2試合の対高田高戦。「1球で終わっても、1イニングを抑えることができても、1球に込める思いは変わらない」と広田選手。プロ野球選手を目指す夢に迷いはない。倒れた時は想像できなかったマウンドへの復帰。高校最後の夏、夢への第一歩を踏み出す。

毎日新聞 2006年7月9日

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