« 頑張れ大分トリニータ!! | Main | Run »

Sunday, January 28, 2007

世界選手権内定第1号!

20070129k0000m050087000p_size6

大阪国際女子マラソンで京セラの原が初V!!

世界選手権女子マラソン代表選手に内定しました (^ ^)v


残る枠は4人・・・・

東京国際を勝った土佐は

内定条件に16秒足りなかったが多分OK!!!


残る枠争いは名古屋にかかっています・・・

Qちゃんどうする!?

・・・・・・・・・・

頑張ってよ (^ ^)/


----------------

大阪国際女子マラソン:原が初V 世界選手権内定第1号に

 世界陸上選手権大阪大会(8月開幕)の代表選考会を兼ねた大阪国際女子マラソンは28日、大阪市・長居陸上競技場を発着点に行われ、原裕美子(京セラ)が2時間23分48秒の自己新記録で初優勝し、女子マラソン代表(枠は5人)の内定第1号となった。29キロ付近から独走した原は「2時間25分59秒以内で日本選手最上位」の条件を満たし、6位入賞した前回の05年ヘルシンキ大会に続くキップを獲得。マラソンは初挑戦で制した05年名古屋国際と合わせて3戦で2勝となった。前回代表の小崎まり(ノーリツ)が2時間24分39秒で2位、初マラソンの加納由理(資生堂)が2時間24分43秒で3位に入った。渋井陽子(三井住友海上)は29キロ付近まで原と先頭で並走したが、終盤失速して10位に終わった。(スタート時の気象=晴、気温9.9度、湿度50%、北東の風1.5メートル)

 【戦評】

 序盤から渋井と原の2人が抜け出し、5キロから10キロの間で16分30秒を切るなど、25キロまでは大会記録(2時間21分18秒=03年、野口みずき)とほぼ同じハイペース。大阪城付近の起伏でややペースが落ちたが、29キロ付近で原が加速。一気に渋井との差が開いて独走となった。原は終盤ペースが落ちたが我慢し、自己記録を31秒更新して快勝した。

 後続集団は5キロを17分前後で進み、25キロ地点では先頭の2人から1分45秒差がついた。その中で小崎と加納が残り、30キロ過ぎで小崎が一度仕掛けて加納より10秒余り先行。以後はその間隔を保ったまま前を追い、35キロ手前で相次いで渋井をかわすと、終盤も原との差を詰める健闘を見せた。

 続く選手は失速が相次ぎ、4位以下は大差。渋井は最後の競技場内でも2人に抜かれて10位に後退したが、辛うじて完走した。【石井朗生】

 ◇原を高く評価…日本陸連

 世界選手権の代表は5人。原は最初のキップを獲得した。積極的に先頭を追い、終盤も粘る走りを、日本陸上競技連盟の沢木啓祐強化委員長は「自分の形ができつつある」と高く評価した。

 小崎も確実にレースをまとめて2位となり有力候補に。3位の加納も初マラソンで潜在力を見せ、他の選考会の上位選手との比較次第ではチャンスがありそうだ。

 選考会は5大会。昨年11月の東京国際は土佐礼子(三井住友海上)が圧勝。強い風雨も影響して内定条件に16秒足りなかったが代表入りは堅い。昨年12月のドーハ・アジア大会銀メダルの嶋原清子(資生堂)は優勝者に独走を許した展開、昨年8月の北海道を制した吉田香織(資生堂)は2時間32分台の記録がどう評価されるか。

 最後の選考会となる3月11日の名古屋国際には、05年ヘルシンキ大会に出場した弘山晴美(資生堂)と大島めぐみ(しまむら)、大南敬美(トヨタ車体)らが出場予定。内定者以外の代表は3月12日の日本陸連理事会・評議員会で決まる。【石井朗生】

 ◇けがを克服、1年半の空白埋める…原

 「スタートラインに立てた」。その喜びで駆け抜けた。原にとって05年ヘルシンキ世界選手権以来のマラソン。食らいついて粘る走りを貫き、1年半の空白を埋めた。

 ライバルは日本歴代2位の2時間19分41秒を持ち、「5キロ16分40秒」のハイペースを宣言していた渋井。号砲直後から2人の競り合いとなった。

 「とにかくぴたっと付いて行くのが私の作戦」と原は言う。ヘルシンキでは世界記録保持者のポーラ・ラドクリフ(英)に食らいつき、日本選手最高の6位入賞を果たした。その走りを思い出そうとするかのように、渋井の背を追った。

 形勢が変わったのは25キロを過ぎて大阪城内に入ったころ。渋井の足取りが重くなった。だが、スパートをかけるには早過ぎる。「渋井さんの調子が悪いのか、風が強いのか」。原は逡巡したという。29キロ過ぎ。「迷っている場合じゃない」。決断し飛び出した。

 ヘルシンキ後は右足の疲労骨折を3回繰り返すなど、けがが続いた。「いらいらして、やめてしまおうかと思ったこともあった」という。レース復帰は昨年11月の淡路島女子駅伝。だが、翌月の全日本実業団女子駅伝は不調で準エース区間の3区(10キロ)で19位と大ブレーキ。「今度こそ会社やお世話になった人に、感謝を表す」。思いを込めて、ゴールテープを切った。

 初マラソンの05年名古屋で優勝し、これが3回目のマラソン。日本選手にはまだ一度も負けていない。走れない間も、「頭を離れることはなかった」という大阪世界選手権の女子マラソン内定1号となり、さらに「目標はオリンピックのメダル」。輝きを取り戻した笑顔の夢は膨らむ。【藤倉聡子】

 ○…前半は先頭の2人から大きく離された3位集団にいた小崎が、最後は2位に食い込んだ。10キロ付近から左足が張り始めたことに加え、向かい風にも悩まされ、「どうなることか」と不安だったという。それでも集団から抜け出すと、35キロ手前で渋井をとらえるなど後半に粘りを発揮した。今夏の世界選手権について意識したか、と問われると「全然」と否定。その一方で「合宿のことなど具体的には考えていませんが、選ばれるようなことがあれば頑張りたい」と意欲をのぞかせた。

 ○…マラソンで2度目の世界選手権出場を狙った渋井は屈辱の10位に終わった。序盤は快調そのもの。原とともにレースを引っ張り、25キロ地点までは野口みずき(シスメックス)が持つ大会記録に迫る快走を見せた。だが、29キロ付近で原にスパートされると「急に力が入らなくなった」と渋井。34キロ付近で足が止まり、一度屈伸して再び走り始めたが、その後は大きく失速した。レース後は報道陣の質問に答えず会場を後にし、「練習では一度もないことで、自分でもどうしてこうなったのか分からない」とコメントを発表。優勝候補に挙げられながら9位に沈んだ04年のような展開にショックは大きかったようだ。

 ○…マラソン初挑戦の加納は、目標の2時間24分台での3位に「初マラソンでの理想の走りはできた」と笑顔。前半は余裕を感じながらもあえて自重。「確実に走れるように謙虚に」という姿勢が、最後まで安定したピッチを刻ませた。立命大で一万メートルの学生日本一にもなった持ち前の力を、資生堂でも着実に伸ばし、28歳でようやく「最終的な目標」に掲げたマラソンに挑戦。納得のデビューは、「次に走る時はもっと強くなっていなければならない」という新たな意欲も生んだ。

毎日新聞 2007年1月28日

|

« 頑張れ大分トリニータ!! | Main | Run »

スポーツ」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 世界選手権内定第1号!:

» 大阪国際女子マラソンは原が優勝 [スポーツ瓦版]
第26回目の大阪国際女子マラソンが行われてが優勝した スタートしペースメーカ先頭に渋井と原が集団から抜けて 集団を引き離し先頭のペースペーカー居なくなってからも 2人で20k1時間過ぎで走り2人マッチレースになった 30k手前で原がスパートし渋井を突....... [Read More]

Tracked on Monday, January 29, 2007 10:08 AM

» 彼女のゴールは遠かった。 [Spolym/スポリン [スポーツBlog]]
「危ない」と思った。 30km手前、大阪城に入ってからもまだ、そのデッドヒートは続いていた。原裕美子と渋井陽子。 奇しくも同じ栃木出身。華やかなデビューを飾ったものの、ケガやスランプで、ここまでの歩...... [Read More]

Tracked on Monday, January 29, 2007 05:29 PM

» 疲労骨折物語 〜17の冬〜 [疲労骨折物語 〜17の冬〜]
軽々と生活する日記 [Read More]

Tracked on Wednesday, February 21, 2007 11:42 PM

« 頑張れ大分トリニータ!! | Main | Run »